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東京家庭裁判所 昭和49年(家イ)1084号 審判 1974年3月25日

申立人 長谷妙子(仮名)

相手方 長谷浩次(仮名) 外一名

主文

相手方らは申立人を認知する。

理由

一  申立人は主文と同旨の調停を求めた。

二  当事者双方は主文と同旨の審判を受けることを合意した。「戸籍上申立人は本籍申立人と同所の亡長谷一夫(父)、亡さく(母)の五女と記載されている。相手方浩次は戦後復負して後、相手方京子と知り合いやがて親密の間柄となり、交際を続けるうち京子が申立人を妊娠し、京子は昭和二六年六月一三日○○国立病院において申立人を出産した。当時浩次は親や親類の同意がなかつたため京子と婚姻することができない事情にあつたことと、その他の事情から申立人が出生する一年ないし一年余り前から同棲関係にはあつたが、浩次が病気をした事情も加わり、申立人の出生と同時に、京子の了解をうることなく浩次の親もとで申立人を養育すると共に、浩次の叔父夫婦の長谷一夫とその妻さくの五女として出生届をしたものであつたが、相手方らは申立人が三歳位に成長した頃両親から離れたところで同人を養育するのは教育上も良くないと考え、浩次の親もとの承諾をえて、相手方両名のもとへ引取り養育して来たが、やがて昭和三一年二月二〇日婚姻届出をして法律上も夫婦となつた。両名はその後も子を生み、申立人をも加え夫婦親子で暮して現在に至つているものである。」以上の事実は、調査の結果認められる。ところで、申立人と長谷一夫、さくとの間に親子関係がないとすれば、まずその旨の裁判を得て戸籍を正すのが正当であるが、記録によれば、長谷一夫、さく両名は既に死亡しその裁判を受けることができないものと認められ、従つて、申立人が相手方京子の子であるとしても京子が申立人の出生届をすることができないものと認められる。そうであるとすれば、京子と申立人の母子関係については認知を俟たないで母子関係が認められるような場合であつたとしても、本件においては、直ちにこれに対応する戸籍を整えることができないものと認められ、且つ前記認定の事実関係においては申立人と一夫及びさくの親子関係の存在は否定されることの証明があつたものと認められるから、相手方両名の申立人に対する認知の合意は正当である。

よつて家事審判法第二三条を適用し、調停委員藤巻清、同内藤恭子の意見を聴き主文のとおり審判する。

(家事審判官 長利正己)

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